江戸東京野菜というのをご存知だろうか?
練馬大根やのらぼう菜など、江戸から東京へと野菜文化を伝えてきた、固定種の伝統野菜である。
こいたま編集部はつい先日、奥多摩町に取材に行った際に、奥多摩町でしか採れない幻のジャガイモ「治助イモ(じすけいも)」が江戸東京野菜ということを知ったばかり。
調べるうちに、大変興味深い由来があったため、江戸東京野菜について紹介する。
江戸時代に「ブランド野菜」が続々と誕生
江戸時代に、世界最大の100万人都市に成長していた江戸近郊。粋な江戸っ子は、真っ白いものが大好きで、当然、白い飯は大好物だった。
江戸も中期になると、白米は武士だけでなく町人にも食べられるようになる。
ここで起こった問題がビタミン欠乏症の一つ「脚気(かっけ)」である。「江戸患い」ともいわれたこの病の解消のため、野菜作りが奨励されていく。
参勤交代で江戸に暮らしていた大名たちは「懐かしい郷土の野菜が食べたい」と、自身の藩から野菜のタネを取り寄せ、江戸の下屋敷に広がる田畑で育てていた。
さらに幕府直営の畑には全国から野菜作りの名人が呼ばれ、新しい品種と共に、高い栽培技術がもたらされた。
おいしい野菜は江戸市中にも出回って特産品となり、やがてタネは江戸土産となる。
こうして、江戸は全国から様々な土地の野菜のタネと栽培技術が集まる「野菜の大集積場」となった。
幕府や大名の畑で知識を得た農民たちは、新しい品種や栽培法を自分たちの畑にも取り入れ、それが各地に根付いてさらに改良を重ねていく。
「この村の野菜がおいしい!」と評判になるほど「ブランド野菜」が次々に誕生。多摩地域を含め、全国でも有数の野菜の名産地となっていったのである。
江戸近郊の各地に根付いた野菜は明治以降も作り続けられ、長い歴史の中で東京の気候風土にあった在来種として、豊かな野菜文化が受け継がれていく。
野菜の画一化で伝統野菜が減少
野菜の栽培は昭和の半ばまで続いたが、1970年代の高度経済成長で宅地化が進む。容易に大量生産が可能な「交配種(F1種)」のタネによる野菜づくりが日本中で広がり、全国で「野菜の画一化」が進んでいった。
交配種はできた野菜からタネを採取しても、翌年同じものはできず一代限りのタネ。生産者は毎年タネを購入して育てる必要があり、後世につなぐことができない野菜である。
一代限りの交配種の野菜づくりが主流になるにつれて、何代もタネを採取して野菜の命を受け継いできた在来種の野菜を育てる人は激減。商品としての野菜作りが主流となり、タネは栽培されなくなっていったのである。
在来種が廃れてしまう危機感から育てる運動が起こる
「畑とともに、江戸から受け継がれてきた野菜も、作る人、食べる人の暮らしや歴史も忘れられていく」
1980年代の終り頃、地域の農と食文化が廃れてしまう危機感から、在来種を地域のブランドとして育てようという機運が全国で広がっていく。
京都府で生産され京都の雰囲気を醸し出す京都特産の野菜「京野菜」や石川県金沢市で栽培されているブランド野菜「加賀野菜」と共に広がっていったのが「江戸東京野菜」である。
1989年当時、JA東京中央会(東京都農業協同組合中央会)がタネがなくなる危機感から調査・保存活動を開始。2011年には商標登録され、50種類(2020年10月現在)の野菜が調査の上、認定されている。
現在も、生産者や地域の人々たちにより「伝統野菜の復活」と「地域の活性化」に奮闘し、江戸東京野菜を育てる活動が続けられている。
多摩地域の江戸東京野菜
江戸時代、東京に含まれていなかった多摩地域でも栽培が続けられている。(以下抜粋)
- 東京うど(立川市)
- 高倉大根(八王子市)
- 八王子しょうが(八王子市)
- 拝島ねぎ(昭島市)
- のらぼう菜(あきる野市)
- 奥多摩わさび(奥多摩町)
- 治助イモ(奥多摩町)
奥多摩町の江戸東京野菜
奥多摩町わさび
奥多摩のきれいな水が流れる渓流で栽培されるわさびは、「奥多摩わさび」と呼ばれ、奥多摩を代表する特産品の一つ。辛味が強く、キレの良さと豊かな風味が特徴である。
奥多摩わさびが最初に言及されているのは、江戸後期に書かれた『武蔵名勝図絵』や『新編武蔵風土記稿』。良質なわさびが奥多摩の特産品として、幕府にも献上されたことが記されている。
明治後期にはわさび栽培がさらに盛んになり、奥多摩わさびの名前も定着。奥多摩は、日本有数のわさびの産地となっていった。
高級食材としても使用される生わさびはお土産としても人気。奥多摩町内には、奥多摩わさびを使用した飲食店もあり、奥多摩ならではの自然を見ながら、美味しい料理を楽しめる。
治助イモ
治助イモ(写真手前)は、江戸時代に日本に伝わってきた奥多摩町でのみ栽培されているジャガイモ。男爵イモ(写真右奥)と比較するとひと回り小さい品種である。
明治時代に治助というお爺さんが檜原村から種芋を持ち帰ったのがきっかけで、奥多摩町に広まっていき、「治助イモ」と呼ばれるようになった。
男爵イモなどと比べると収量は少ないが、普通のジャガイモと比べてねっとりとして粘りが強く、煮崩れしにくいのが特徴。味が濃厚で美味しいといわれている。
「治助芋」は2012年6月に奥多摩町が商標登録済み。町の種芋から生産されたものだけを治助芋としており、治助芋の販売協力店も町内に多数ある。