治助イモ

東京都の最西端の町で、広大な山々が広がる奥多摩町に、100年以上前から伝わる昔ながらのジャガイモがある。

その名は「治助(じすけ)イモ」。奥多摩町の中でもほとんど見かけることなく、町では忘れかけられている作物だったが、今では地域活性化や耕作放棄地対策に役立てようと、町をあげてブランド化に取り組み始めた。

治助イモとは、一体どんなジャガイモなのか?

奥多摩町に伝わる幻のジャガイモ「治助イモ」の由来や特徴、ジャガイモの一つ「メークイン」との違いを検証してみた。

治助イモの由来

治助イモ

治助(じすけ)イモは、100年以上前の江戸時代に日本に伝わってきた原種に近いジャガイモ。明治時代に治助さんが隣の檜原村から「オイネのつるイモ※」という種芋を持ち帰ったことと伝えられ、これが名前の由来となっている。

※オイネさんが山梨県都留(つる)市から嫁入りしたときに持参したと伝わる馬鈴薯(バレイショ)

治助イモの特徴

形状は直径約6cm、短径約4cm、重さ40〜50gと小ぶり。男爵イモと比べて芽数が多く、白い皮と白い肉が特徴。「オイネのつるイモ」とは同じ遺伝子型であることから、異名同品種であると考えられている。

栽培方法

奥多摩町では、3月下旬~4月上旬、"さかっぱたけ"(坂畑)と言われる砂利の多い急な斜面に種イモを植えつける。種イモは40g程度のものか、大きい場合には2〜3片に切ってから使用する。

草丈が50〜60cm程度に伸びるため、株間40〜50cm、通常のバレイショ栽培よりも広めに植えつける。

種イモから芽から出たら、小さめのものを収穫するために、芽は2〜5本程度残して芽かきをする。収穫時期は男爵イモより遅く、地上部が完全に枯死した7月上旬ごろに行う。

皮を固くし保存性を高めるために、早掘りは行わない。光を当てないように、納屋などの暗所で保管する。保存中に芽が出てくることがあるが、適宜摘んで除去する。

翌年の作付け用の種イモとして、収穫量の20〜30%は保存すると良い。

奥多摩町ではブランド化

治助イモ

奥多摩町は「治助イモ普及促進協議会」を立ち上げ、ブランド化を図っている。2012年には「治助イモ」の名称を商標登録し、町の種イモから生産されたものだけを治助イモと呼んでいる。

治助イモを使った料理を提供する店や宿泊施設を認定する「治助イモ認定店登録制度」を実施。2021年4月時点で16店舗が登録されている。

治助イモ認定店はこちら

2017年10月からは、ロゴを貼付して「奥多摩町特産物治助イモ」として販売を開始。栽培面積や生産量の増加を図るため、町の広報などで新たな生産者を募集し、種イモを貸し出して収穫後に2倍量を町に返却する仕組みをとっている。

治助イモの特徴

味が濃厚で粘り強く、煮崩れしにくいのが特徴。奥多摩町では米を生産することができなかったため、食料不足の時代には副菜としての利用だけでなく、保存食の役割も担っていた。

生活に密着しており、例えば客人が来た時にはインゲンや昆布と煮て、もてなす習慣もあった。

冬の寒い気候を利用し、濡らしたイモを一晩屋外に出し凍らせた後に乾燥させ、粉にして団子にする「イモ団子」を作り、"こがし"(大豆と麦を炒って粉にしたもの)をまぶして食べることもあったが、近年は温暖化のため、作ることができなくなった幻の料理となっている。

治助イモとメークインを比べてみた

治助イモとメークイン比べ

治助イモとメークインを並べてみた。大きさは治助イモが約5cm、メークインが約7cmと2cmほど長い。形は治助イモの方が丸くて小ぶりであることがわかる。

男爵イモと比べると、治助イモとメークインは煮崩れしにくいのが特徴であるが、同時に煮てみたらどうなるだろうか?

治助イモとメークインを煮る

皮を剥いたメークインと治助イモを比べてみると、メークインは外側がやや煮崩れしてしまったものの、治助イモはしっかりと形を保っていた。

崩れにくい点では、治助イモに軍配が。肉じゃがや粉吹きイモなど、煮物系の調理にはとても適している食材と言えよう。

希少性から販売開始すると、飛ぶように売れてしまうことも多い治助イモ。もし奥多摩町に出かけたときに発見した際は、ぜひ購入してみてはいかがだろうか?

幻のジャガイモ「治助イモ」で作ったおすすめ定番レシピ3品。1番おいしかったのは?

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